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蓄積した経験を吹田民商に引き継いでほしい
伊保 敏幸
 私は6月30日をもって定年退職を迎えます。
 民商運動に携わって約42年、吹田民商の事務局員として7年間お世話になりました。この間いろんな人との出会いや出来事があり、思い出は尽きませんが、いま社会問題となっている孤独死の悲しい思い出が頭をよぎっています。
 この方は4年前に亡くなられた川北 省吾(大工)さんです。私と同じ年頃の職人さんでした。奥さんとは離婚され一人息子さんは横浜で家庭を持っており、一人暮らしをされていました。朝早く大阪市内の工場へ下請けとして仕事に行き、夜遅く帰ってくるので会費を集金する時雑談する程度の付き合いで、近所の会員とのつながりもあまりなかったようです。
 川北さんに税務調査があり、役員の立ち会いのもと無事調査を終えましたが、この調査を通じて川北さんの考えや人生について知ることができました。私が感じたのは身近に家族がいなくて年もとっていく中で、さびしい生活をしているということでした。
 川北さんはお酒でも飲みながら話をしたいので、時間を取ってくれと私に何度も催促をされていました。
 ある時、朝日町の商店街で川北さんと出会った時、元気がないので様子を聞くと病気にかかり仕事を休んでいるということでした。医者にかかっていないと言うので、一緒に行こうと説得する中でやっと必ず病院に行くことを約束しました。その後2〜3回本人に会いましたが、市民病院には行っていたようでしたが、痩せて見るからに病状が悪化しているようでした。役員にも実情を話をして接触を深めるように頼みました。
 その年の年末に桑島さんが夜に川北さん宅に訪れましたが、玄関が開いていて部屋は真っ暗、声をかけても返事がないので帰ったそうです。
年明けた一月の初旬に川北さんの息子さんから父が亡くなりましたと連絡を頂きました。正月2日に帰省したら布団の中で冷たくなっていたそうです。
 私は川北さんが死の恐怖に襲われながら、さびしく息を引き取られた事を今でも胸が締め付けられる思いでいます。
 吹田民商が役員と会員の結びつきを強める活動を繰り返し繰り返し意識的に取り組んでいますが、役員と会員だけでなく、会員と会員のつながりが当たり前のあったか民商に発展することを強く願わずにはいられません。
吹田民商「いんふぉめーしょん」No.813 11.6.20

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