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伊保 敏幸さん  「私と民商運動」を語る
 2004年に西区民商から吹田民商に移籍されてきた事務局員の伊保敏幸さんが、6月30日に退職を迎えました。その最終日に、浪速民商・西区民商・吹田民商の通算42年間の事務局員生活や思いを語って頂きました。会場は用意した席が満席になり、椅子を追加するほどの参加者でうまりました。
 伊保さんは卒業後に4年間、牛乳製造販売会社に就職し、労働条件の悪さを身をもって感じていました。その頃「民商に来ないか」と先輩から声をかけられ、1970年に浪速民商に入局します。担当した支部は、商工新聞が全て個別配達であり、部落解放同盟の暴力が渦巻いていた地域でした。民商のポスターはスプレーで妨害されたり、演説会ではもみあいになって殴られそうになりました。個別配達だった商工新聞は、こまめに訪問して話し合い、組織配達を増やしていきました。この時、伊保さんは「汗と足でかせぐ」ことと、「暴力には毅然とした態度で立ち向かう」ことを学びました。
 税務調査では、ある日突然、立会いを拒否され更正決定、口頭意見陳述と運動がすすみました。毎日、税務署前で税務署の不当調査をハンドマイクで宣伝して闘いつづけ、更正決定をうたれた全員が最後まで団結しました。伊保さんは、「団結すること、学習すること」の大切さを学びました。西区民商の再建のため、浪速民商から局長として移籍してからも「汗と足でかせぐ」を実践しました。丁寧に会員を訪問し、独自で200名の名簿を作りました。また、鉄工所が多かった地域で、仕事が終わると「まあ飲めや」とお酒をすすめられたことも少なくなかったそうです。そして、いろんな話をして信頼関係を築きました。少しずつ民商活動への参加者も増え、「幸せの黄色いビラ」(宣伝ビラ)や立て看板をはりめぐらしました。地域では「民商がかわってきた。」「今度来た事務局、今までと違うな」と声があがり始め、3・13重税反対行動には、なんと200人以上の会員が参加しました。西区民商でも税務調査で激烈な闘いがありました。伊保さんは、「原則的な運動と闘い」がいかに大切か身にしみました。
 吹田民商で活動し、若い事務局にたくさんのアドバイスをしていただいた伊保さんも、「吹田民商はすごい。税務調査・条例・拡大などすばらしい。」と言います。学習することを忘れず、業者から学ぶことを忘れてはいけないと強調されていました。
 伊保さん、長い間、おつかれさまでした。そして、本当にありがとうございました。

参加された方の声の一部を紹介します。
吹南支部 高宮さん
 「会員の悩み事をひとつひとつ解決してくれた伊保さん。会員の信頼があつかったなあ。」
吹南支部 森川さん
 「伊保さんが来てくれたら、店が明るくなった。いつも、暖かいことばをありがとう。」
中央支部 滝本さん
 「いろんなはなしを聞いてもらった。やめたらあかんと思った。」
片山支部 竹田さん
 「情勢負けということをよく言われていた。厳しい情勢に負けないよう、この言葉を大切にしていきたい。」
北支部 土井さん
 「土井さんやりましょう!の声でここまでこれた。伊保さんを忘れることはない。」
吹田民商「いんふぉめーしょん」No.816 11.7.11

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